読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

【free−339】地に足をつけて(もちろん、備忘録)

いや…何度見ても…

何度見たって…

ワタシハナニヲシテイタンダ…

ナンテコトヲヤッテシマッタノダ…

「なんかあのヒト、やっちゃったみたいよ」

「最近ボケてきてるみたいだし…」

「レース中も落ち着きないし」

YouTubeでも体が左右に揺れてるし」

「え~ あぶないんぢゃないの?」

「ああなったらもう終わりよね」

ああ、つらいよ。まだ、つらいさ。

こんな経験ないだけに、なかなか尾を引いている。月曜・火曜と、正直、仕事が手につかなかったよ。いやね、普通の撃沈だったら、だいたい月曜の昼休みにランチ喰いながらnetkiebaで次週のメインの予想オッズを見れば、だいたいの傷は癒えているものだが、いやぁ、今回はなかなかの放射能だ。

予想は完璧。馬券も完璧。なのにあるべき金がない。24万弱が入ってない。こんなことってあるかいな。テストの答案は100点なのに、名前の欄が無記名で結果不合格。つくづく自分の詰めの甘さ、視野の狭さに嫌になってくる。

あれくらいのオペレーションならば、スイートピーの後でもできたのだろうに、スイートピーの後の購入ならば、嫌でも京都しか11Rをクリックできなかっただろうに…。15:26に購入したからこういうことになるんだよ。スイートピーの後にオペレーションをすることで時間がないことで焦ってオペレーションをしてマークミスになるのが嫌だっから、スイートピー前に購入したらこのザマ。

ほら出た、

「~するのが嫌だから、それを回避すべく物事を行ったらもっとドツボに」

最近のオラはこればかり。撃沈を恐れて、結果撃沈している馬券とおんなじ。リスク回避という美学に心酔して結果リスクを背負っている。どっかのジョッキーとおんなじだよ。もっと正面に物事にぶつからないからこういうことになるんだよ。

今日から地方グレードレース3連戦だが、全くテンションが上がってこないのが正直なところ。もうちょっと時間がかかりそうだ。

*************************************************************

みんなの反対を押し切った――「富士そば」で常に演歌が流れている理由とは?

週プレNEWS 5/3(水) 6:00配信

「丹 まさと」の名で作詞家としても活躍する富士そば・丹会長

昨年11月に週プレNEWSで掲載したインタビューでは、含蓄ある至言の数々に「ホワイト企業のお手本」「理想の経営者」など、大きな反響を呼んだ立ち食いそばチェーン・富士そばの丹 道夫(たん・みちお)会長。

その富士そばを語る上で、欠かせない大事なキーワードが「演歌」だ。24時間営業の店内には常に演歌が流れ、会長自身も「丹 まさと」の名で作詞家として活躍。五木ひろし天童よしみ水森かおりなど数々の歌手に歌詞を提供し、これまでに30曲以上が発売されている。

富士そば、そして丹会長がここまで演歌にこだわり、愛する理由――そして演歌から受けた影響について語ってもらい、さらに作詞家としてこの時代、今の若者に向けて、語り継ぎたいものは?という問いに無茶振りを承知で応えてもらった!

* * *

―丹さんの最初の演歌体験は、どんなものだったんですか?

丹 16〜17歳の頃だったかな。当時は油屋さんで住み込みの丁稚奉公をしていて、従業員が4人くらいいたんだけど、みんな仕事が終わったら家に帰っていくんだ。それで僕はひとり残って店番していたんだけど、ラジオから竹山逸郎さんの「愛染橋」が流れてきて「あぁ、いい歌だなぁ」って。その時にこんな歌を書ける仕事がしたいなと思ったんだよね。

―その「愛染橋」は何がよかったんでしょう?

丹 詞がよかったんだよね。もう人恋しくなって、たまんないの。僕は油屋の前は八百屋で丁稚奉公していたんだけど、そのときは従業員はひとりしかいなくて寂しかった。それで銭湯で知り合った人が「俺のところに来ないか」と誘ってくれて、油屋さんに行ったわけ。でも、やっぱり夜になるとみんな帰っていっちゃう。なんでいつも寂しい思いをしなくちゃいけないのかな、そう思いながら聞いていたのが演歌だった。

―では、丹さんが考える演歌の魅力とは?

丹 ひと口に言って「悲しさ」だよね。みんなは桜が咲いたら「きれいだ」と言うでしょ。でも「散る花びらに 我が恋映す悲しさよ」なんて視点を変えれば歌になるじゃない。そういうふうに咲いた嬉しさよりも、散っていく悲しさのほうが演歌らしいよね。やっぱり演歌は悲しく、寂しくないと。

―確かに、演歌にハッピーなイメージはないです。

丹 例えば「よかった、よかった」っていう演歌をかけてごらんよ。聞いた人は「勝手にして」って言うよ(笑)。悲しいことがあるからこそ、自分の身の上と比較して「私も頑張らなきゃいけない」となるものだと思うな。

―ご自身が歩んできた道と重ねて演歌を聞くんですか?

丹 そうだね。僕は悲しいというよりは寂しい思いをしてきたから、寂しい演歌が好きだね。それで「負けてなるものか」と思う。人間は大体、負けていくものだけど、どんなことがあっても負けないっていうのが演歌じゃないかな。

*************************************************************

オラが当たり馬券ばっかり晒したって、見た人は「あっそ」「勝手にしいや」という気持ちは多少はあるだろう。でも、これは演歌だ。悲しい思いも寂しい思いもこうして晒そう。こんなつらい気持ちを内包していると、精神衛生的にも悪いし、オラのこの大失敗を見て、「人のふり見てわがふり直せ」と思ってもらえれば幸いだし、それこそ演歌のこころで、「こんなつらい思いをしている人がいるくらいなら、自分まだマシか。」とか「身近にみんなつらい思いをしている人がいるんだから、私も頑張ろう」と思っていただけるなら、オラは喜んでこの失敗を「演歌」として晒してやるよ。

まあ、この失敗は別として、天皇賞を見て感じたことは、これも「備忘録」として残しておきたい。

キタサンブラック。強かった。強くなった。有無を言わせぬ強さだったし、メジロマックイーンの再来だと感じた。これに異論はないだろう。

ただ、これは「正面からの視点」。

まだなんか言うのか? ああ、言うよ。

物事を斜めから見る「斜会学」を大学で専攻した(?)オラだから、この自称も斜めから見ることができる。