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怒れる“震”ゴジラ

  『シン・ゴジラ』というタイトルの持つ意味、とりわけ“シン”の解釈についてはあらゆるアプローチがなされていて(当然、庵野総監督もそれを狙って「シン」とカタカナ表記にしたのは想像に難くない)、「ゴジラの日本版最新作」だから「新」とか、ゴジラの存在自体の神秘性を意味しての「神」とか、いろんな仮説が立てられ、他にも「真」「深」「進」などの候補があったり、もしくはそれらの意味の結合だという意見もある。

 そこで私なりに漢和辞典片手にいろいろ調べて考えたところ、2つ候補が出てきた。一つは「ゴジラという存在が現代日本の虚構を審判するために現れた」とする「審」と、もう一つは「怒れるゴジラ」ということで、「怒る。驚く。ふるえる。轟く」などの意味を持つ「震」がそれである。しかしながら「審」の方はその字自体には「つまびらか。くわしい」の意味しかないので、ここは、怒り以外の進行の目的が分からない、ということで、私的には“震・ゴジラ”と考えたい。

 そう考えると、福島の原発を破壊して、今日本人を窮地に追いやっている東日本の“地震”も、まさに驕り高ぶり、制御できない“炎”にまで手を染めてしまった人間(そしてヒロシマナガサキでその“人的被害”に唯一遭いながらも、率先してその禁じられた炎を操ろうとする日本の政財界)に対する、“地の怒り”だったのかもしれない。だからこの警鐘を無視してさらなる原発稼働に邁進する限り、次はもっと恐ろしい“地の怒り”が日本国土を襲うかもしれない………