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スピサヨブログへの抗議文

ツイッターで流れてきた赤の他人のブログの内容が余りにも間違いだらけだったので訂正を求めるコメントをしたのですが、承認されなければ掲載されないようなので、こちらに控えを残して置きます。

http://blogs.yahoo.co.jp/aberumind/56881363.html#56881363

古い記事なのでコメントをつけるのもどうかと思ったのですが、重大な誤りがありましたので訂正させてください。

アイヌは滅びた、明治には数百人しかいなかった」というのは、完全に誤った認識です。いわゆる和人が江戸時代にはひどい収奪を行なっていて、多くのアイヌが貧困や伝染病で死んだというのは事実です。但し、それでみんな死んでしまった訳ではありません。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

おそらくこちらを参照されたのだと思いますが、引用します。

「さらに和人がもたらした天然痘などの感染症が、本格的にアイヌ人の人口を減少させた。その結果文化4年(1804年)に2万3797人と把握された人口が、明治6年(1873年)には1万8630人に減ってしまった。アイヌの人口減少はそれ以降も進み、北見地方全体で明治13年(1880年)に955人いたアイヌ人口は、明治24年(1891年)には381人にまで減った。」

つまり、381人というのは北見地方のアイヌの人口です。

北見アイヌの人口が減ったことの背景には同化政策があり、アイヌであることを隠して和人として生きる人が増えたことや、他地方へ移住したことがありますが、いずれにせよ基本的な数字の引用の間違いについては、訂正していただけないでしょうか。アイヌ民族の実数については正確な数字はありませんが2万人強というのが一般的な数字で、江戸時代からほとんど増加していないことになっていますが、日本では民族ごとの統計は取られていないため、この数字は参考に留めてください。

また、アイヌ勘定というのは典型的なアイヌ差別です。実際はアイヌは古代から和人や樺太、千島方面の民族と交易を行なってきました。アイヌ勘定というのは和人側が武力を背景に相手に不利な条件を飲ませただけの話であり、これを北海道の小学校で教えて抗議を受けたこともあります。

アイヌは滅びた、可哀相な民族だ」というイメージを押し付けることは、今現実に生きていてアイヌ文化を守ろうとしている人々にとってははた迷惑なものでしかありません。まして、誤ったデータに基づいた風説を流布するなど、もってのほかです。記事の削除か、せめて訂正をお願いします。